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2011.1.11
2011/01/13(Thu)
いつもはそんな時間にトイレに行かないのにトイレに行ったのは何か勘が働いたのかもしれない

携帯に見たことのない携帯番号の着歴。
留守メッセージはない。
いつもはコールバックなんてしないのだけれどなぜか気が向いて電話してみた。

私のフルネームを確認した相手は“横須賀消防署の救急隊員”と名乗った
背筋に冷たいものが走った。
娘がカラオケ屋で痙攣を起こして倒れ、搬送中だという…。

給湯室の横で絶叫していた

すぐ病院に向かうからと怒鳴る私に「おかあさん大丈夫ですから落ち着いてください」と救急隊隊員が繰り返していた。
でも、意識はあるが自分の名前は言えない状態と聞いて不安が募る。


事務室に戻り帰りじたく。
言葉がでない上に泣いて報告できない私に課長は「おかあさんが落ち着かなくちゃだめなんだからね。ね?金持ってるか?」と心配してくださった。
周りの女性が聞こえないフリをして下を向いて仕事をしてるのが視界に入り、少しだけ私も落ち着き始めてきた。

主人に電話しながら搬送先の横須賀の病院に向かう。

主人の職場は私の職場よりやや自宅に近いが、乗り換えていると意外に時間がかかる場所だ。
私より早く職場の最寄り駅に着いたとメールがきたが結局私の乗る電車に合流した。

娘の発作はこれが初めてではなく、二年前に初めて大きい発作を起こした。
私がバンド練習で不在の夜になぜか出かけた娘は路上で意識を失って倒れてアスファルトに頭をぶつけ、頭蓋骨を骨折してしまい、ERに入院した。
あの悪夢が甦った。

娘は親友に付き添われて点滴を受けていた。
私が『名前は?』と聞くと嫌そうに顔をしかめてぶっきらぼうに下の名前だけを答えた。
一時間ぐらい前には話せるようになったとMちゃんが答えてくれた。

ほどなくして救急課の医師が現現れて、起き上がってフラつかなかったら帰って良いと告げられた。
救急外来としての処置は終わったのであとは外来を受診してください、ということ。

駅まで歩いてMちゃんを送った。
Mちゃんと腕を組んで楽しそうに歩く後ろ姿をみていると、さっきまでの姿が違う人のようだった。

帰宅してわかったのだが、アゴと左肩に青あざができていた。
倒れた時にぶつけたものらしい。

一時的になくした記憶はかなり戻ってきているが、発作前の一時間ぐらいの記憶はまったくないらしい。
翌朝は普通に登校して、塾にも出かけていった。

元気でいてくれる ただそれだけで私はとても嬉しい。


私の咳がとまらない。
緊張がゆるんだからだろうか、それとも疲れがでたのだろうか。

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